「Ich weiss nicht was soll es bedeuten...」
 
 ふと何気ない調子で、ジャックが小さく歌う。それに気が付いたのは恐らくすぐそばにいた黒猫だけだっただろう。
 
「そういえばそんな歌があったかな。まあしかし、今の彼女には似合わない」
「――確かに」
 
 二人が微笑みながら振り向いた先では、妖艶な美女が――ワインボトルを振り上げ、ウィッチやサキュバス他女性陣と肩を組んで、陽気に笑ながらラインダンスを踊っていた。
 その周りでは、その他のやはりすっかり出来上がった者たちが集まって、やんややんやと囃し立て、野次を飛ばしている。
 ――実に、楽しそうだ。この世の憂いも何もあったもんじゃない。
 
「いや、まさか笑い上戸だったとはね」
 
 遠慮する彼女に、主に酒を勧め飲ませていたのは他ならぬ――非常に珍しいことに――黒猫だったのだが、さすがに苦笑を禁じ得ない。いささか飲ませ過ぎただろうか。
 ――まあ、いいか。年に一度の宴だ。放っておいても誰かにしこたま飲まされただろう。どうせ、毎年のことだ。気が付いた時にはもう遅い。
 そう勝手に納得して一つ頷き、黒猫は乗っていたテーブルから飛び降りた。ジャックに手の代わりに尾を振り、早くも死屍累々と嵩張る異形達をかき分け、部屋の隅へと向かう。そこには、誰も手をつけていない、綺麗なままのテーブルが一つ。その上には使い込まれたバスケットが、一つ。
 しかし、酔えないというのは損だ。
 今年も色とりどりの菓子が山と詰め込まれたバスケットに手を伸ばし、黒猫は思う。酔えないから、こういう貧乏くじ――の、はず――を引くのだ。
 ――と、バスケットに手をかけて彼は気が付いた。自分、まだ猫のままだ。
 ふう、と一つ息を吐いて笑った。酔えないというのは撤回しなければならない。自分も十分酔っていたようだ。さすがに猫の手ではバスケットは掴めないし、そのままの姿で子供達の前に現れるわけにもいくまい。
 一頻り一人で笑って、そして今度こそ人の手でバスケットを取って、彼は酒宴と化した大広間を後にした。
 きっと子供達はもう来ている。
 ノッカーがその音を鳴らすまで、あと――。

「Trick or Treat!!」

 ――扉を開けてももう、哀しい歌は聞こえなかった。

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