夏には怪談を

 
 
 
 ――何なんだろう、この状況は。
 
「わーん、神様仏様閻魔大王様ぁ! 千秋を連れてかないで下さいッ!」
「千秋、そこへ直れ。俺が悪霊を祓ってやる」
「いや待て落ち着けよ、智也、国弘」
「これが落ち着いていられるか! だって……だって、だってだよ!?」
「だから何がだってなんだ」
「だって千秋の身についに心霊現象が! だから止めとけって言ったんだあのオンボロアパート! ね、国弘もそう思うでしょ!?」
「いやだからあのな、今の話にはオチが――」
「俺も常々そう思っていた。……千秋、悪いことは言わない。さっさと次の家を探せ」
「……や、ちょっと待てや二人とも!」
 
 全く、コレはいったいどういうことなのか誰か説明して欲しい。
 ――夏、といえば怪談。貧乏学生が寄り集まって涼むには、これが一番金の掛からないお手軽な手段だと俺達は信じている。
 そういうわけで、今年も俺達は既に毎年恒例となっている怪談話大会を景気良く開いていた。いつものごとく、程好く日も暮れかけた黄昏時から、国弘の実家である寺の本堂を借りて。
 ――そう、いつもと何ら変わりなく、普通に、ごく普通によくある怪談話をしていただけなのだ。俺は。
 いつもと違うことといえば、その話が実体験を元に作ったものだったということだけ。
 それが妙にリアルでマズったのかもしれなかった。
 
 話の内容はこうだった。
 
「――これは一昨日あった本当の話だ。そうだな、夕方のことだったと思う。お前らも知っての通り、あの日は土砂降りで雷も鳴ってただろ? その時俺はとあるサイトでネット小説を読んでいたんだ。……ホラー系のな。暫くはなーんもなく普通に読んでいってたんだけどさ、段々暗くなってきたから電気を点けて続きを読み始めたわけだ。
 その話はな、主人公のダチの一人がさ、とあるアパートに引っ越したんだけど、夜中に電話が鳴るんだって言うんだ。……まだ、電話の工事にも来て貰ってないってのにだぜ? 初めは隣の電話機の音だろうって思ってたんだが、それにしては妙に音が近いって、偶々その日泊まりに来ていた主人公が気付くんだよ。で、二人してその音源を探してみると、どうもそれは押入れの奥から聞こえるってなわけで、そこを覗いて見るとだな、果たしてあるわけだ、コードが途中で切れて古ぼけた電話機が一台。……そしてそこでまあお約束通りその電話が鳴るわけなんだが――。
 ――そこで、俺の部屋の電話が鳴ったんだ。…………いや、さすがにアレは俺もビビったぜ。その電話はワンコールすらする前に切れちまったんだ。変だなと思った次の瞬間、ディスプレイが真っ暗んなって、明かりが消え――」
 
 しかし、俺はそこまでしか語れなかった。何でって、それは――。
「やだあああぁぁぁぁぁっ! 千秋まだ死んだら駄目だよぉ!」
「そうか、やっぱりいたんだな、あの部屋」
 涙目でとんでもないことを口走る智也と、何やら妙にわけ知り顔で納得する国弘に、純粋に邪魔をされたからだ。
 そして、冒頭へと続くわけなんだが。
「そうだよ千秋、早くあのアパート出ようよ! 危ないよ!」
 そう言われても、俺には今そんな金はない。
「見た限り大して悪いものではなさそうだったんだが――やはり、ここは専門職に祓って貰った方がいいか……」
 ちょっと待て国弘、お前は何を知っている。
「おい、ちょっと二人とも聞けって! だからさっきの話にはオチが――痛ッ!」
 俺は焦って事の真相を話そうとしたが、暴走し始めた二人に賃貸アパートの情報誌を投げ付けられて、またしても言えなかった。……どこからこんなモン引っ張り出しやがった。
「「千秋は新しいアパートを探していろ」」
 奴らは本気だ。目がそう言ってる。
 ――困った。言えない。
 俺は完全に話のオチを言う機会を失ってしまった。
 ここまできて、原因は雷が落ちたことによる一時的な停電、だとはかなり言い辛くなってきた。
 どうしよう、俺、引っ越せるほど金ないんだけど。
 
 ――どうしてくれよう、この状況。
 とりあえず、夏の暑さだけは吹き飛んだが、俺は財布に謝らなければならないかもしれない。

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