薄暗いコックピットの中で、男は淡く発光するコンソールパネルを素早く叩く。そして不意に薄闇に浮かぶメタリックシルバーの装置に向かって、まるで誰かに話し掛けるかのように声を発した。
「おい、出航準備はできてんのか?」
 男の眼前に小さな立体ホログラムが現れ、男にこの船に何の異常もないことを告げる。
「――航行システム、オールグリーン。異常ありません。今すぐにでも出航できますよ」
「ホントかよ? こないだもそう言って、離陸途中でエンストしやがったじゃねぇか」
 だが、男は今一このホログラム――この船の中枢管理を担う擬似人格プログラムの言うことを信用し切ってはいなかった。今も少々顔をしかめてああ言ったのには理由がある。誰のせいかは知らないが、えらく怠惰でいいかげんな性格をプログラミングされていることを、賢明なことに彼は長い付き合いで悟っていた。
「あれは……仕方ないでしょう、エネルギーメーターが壊れてたんですってば」
「それを把握しとくのもお前の役目だろうが」
「はいはい、俺が悪かったですよ。――で、出航しないんですか?」
 ホログラムの顔をこれまた器用に歪めていじけて見せながら、青年の姿を模したAIが男に訊いた。
 男は肩を竦めて、最後にコンソールキーをもう一つだけ叩いて言う。
 
「――勿論、出航するとも」
 
 
 
小さな王は夜を翔ける
 
07.3.23(改訂:08.9.25)

「バラの下での秘密は、絶対守らなきゃならないのでしょう?」
「うん、そうだな」
「なら、守るわ。仕方ないから、守ってあげる」
「Under the rose......な。バラの下で交わされた秘密は、守らねばならない。そう、バラの下で交わした秘密の約束は絶対だ」
「それにしても……このためにわざわざ白いのも貰ってきたの? 秘密とか、約束を守るという意味があるのは白バラだものね」
「ん? 別にそういうわけでもないんだけどなー」
「なら、どうしてよ」
「似合うと思ったから」
「……え」
「――って、アイツが言うなら嬉しい?」
「……ッ、ちょっと!!」
「ははは、顔真っ赤ー!」
 
 
 
Sub Rosa.
 
07.9.16

――扉を開けると、そこにはいつも僕の見知った景色がある。
 
優しい木目の気に入りのテーブル。
軟らかいオレンジのカーテン。
少々水遣りを忘れても枯れなかったサボテン。
この部屋にはミスマッチな、鈍く存在を主張するパソコン。
 
全部、僕のよく知っている自分自身の部屋の様子だ。
 
――けど、それは五年も前の風景だ。
テーブルは足を折って壊してしまったし、カーテンはもっと色褪せてしまった。サボテンは結局枯らして、パソコンも買い換えた。
 
それなのに、毎夜僕はその部屋を夢に見る。
 
そして、その夢から覚めた途端、僕は途方に暮れるのだ。
――僕の時は、あの日より止まったままなのだと。
 
 
 
NOSTALGIA
 
07.10.8

 明けない夜はない。
 必ず日は昇る。
 ――なのに、この夢は覚めない。永久に甘美な夢を見せ続ける、それは、魔性の眠り。一度墜ちれば、夢の虜となり現を忘れ去る。
 彼の夢は覚めない、だから、夜も明けない。
 ――月が、沈まない。
 
 忘れられない、夢がある。
 けれど、子供はいつしか現実を知り、不安定な夢ではなく、確実な道を歩み始める。幼い頃に夢見たままの大人になれる奴なんて一握りしかいない。
 叶えたい、夢があった。
 けれど、彼は幼い心で夢見たままの大人になることはできなかった。後悔したってどうしようもない。時は返らないのだから。
 
 ――きっかけは、些細なこと。
 それでも彼はソレに縋って、帰れない道を引き返し、「永遠のコドモ」であることを望んだ。
 
 
 
沈まない月と帰れない道
 
07.12.7

「どうしよう、アラン! 俺、もうどうしたらいいかわからない」
「おいおいおい、どうしたオリバー? らしくない!」
「……昨日の夜からの記憶がさっぱりない。ジェームズ達と飲んでたとこまでは覚えてる、が、気がついたら自室で朝だ」
「泥酔野郎が無事帰って来れたんなら万事OKだろ」
「問題はそこじゃない。朝起きたら俺は裸でベッドに転がってた上に、横には……」
「……横には見知らぬ美女でも寝てたんか?」
「…………見知らぬ美女、の……マネキンが寝てた」
「……」
「……」
「おまっ、どっから盗ってきやがった!?」
「わかんないから困ってんだろ!!!」
 
 
 
Sleeping Doll
 
08.6.1

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