――丘には哀歌が響いていた。
穏やかな、テノールの声が歌っていた。
黒髪の青年は、朽ちかけた大きな古木に寄り添っていた。
他には、何もなかった。
古木は、嘗ては見事な花をつける桜だったと言う。
その薄い色の花弁を思い出させる面影は、もうない。
 
青年は、何処までも高く青い空を見上げた。
そしてまた、飽きもせず歌う。
 
 
 
過ぎた桜とエレジー
 
07.8.15

響くその声が形作るのは、哀歌。
今年も丘の桜は咲かなかった。
もうきっと、この樹に花咲くことはない。
そこにあるのは、ただ朽ちかけた古木。
それと、テノールの声のみ。
 
――だが、そこに芽吹くものもある。
 
声の主は歌うのをやめた。
 
そして、ただ青く澄んだ空を見上げ、静かに美しく笑った。
 
 
 
過ぎた桜とエレジー U
 
08.8.14

――アナタはいつ気付くのかしら。
 
アナタの手を取るソレが。
アナタと向かい合うソレが。
ただの硝子ではなく鏡だということに。
 
――アナタはいつまで気付かないのかしら。
 
アナタの手を取るのは鏡の向こうのアナタ。
アナタと向かい合うのは鏡の向こうのアナタ。
そして鏡に映る骸骨が嗤っていることに。
 
――アナタはきっと気付かないのでしょうね。
 
アナタ達が踊っていることに――否、踊らされていることに。
 
そう、それはまるで。
 
 
 
DANSE MACABRE --死の舞踏--
 
07.10.12

踊る、踊る、鏡の向こうの骸とアナタ。
ああ、まだ抜け出せてはいないのね。
 
その、死のワルツから。
 
気がつかないことほど、愚かなことはないわ。
気づこうとしないことほど、馬鹿なことはないわ。
さあ、夢から覚めなさい。
その手を離しなさい。
嗤う空洞の眼窩にアナタはいつ気がつくの。
 
 
「気付くわけがない。これは我が虜、もはや現には戻れぬ――」
 
 
ああ、こんなにも暗い哄笑が響いているというのに――。
 
 
 
DANSE MACABRE 2 --死の舞踏--
 
07.10.28

僕は幸せだった。
だから大丈夫、僕はまだ諦めちゃいない。
ほら、キミがそんな顔してたらダメだってば。
大丈夫、それなら今ここで誓いを立てよう。
 
また、笑顔を見せに来ることを。
(そう言ったら、キミの悲しそうな顔がちょっとだけ綻んだ。それが、ただ、嬉しくて。)
 
 
(そして、僕はキミの元から去って行く――そこにもう一つ、心残りがあるとすれば。)
 
――ただ、もう一度キミの笑顔が見たかった。
 
 
 
[ダ・カーポはもうできない]
(SIDE:Iv 3)
 
08.4.5

ただ、あの子が泣きそうな顔で私に手を伸ばしたから。
ついその手を取ってしまった。
後悔はしていない。
きっとあとであの子は謝るでしょう。
でも、私には必要ないと、その時にはそう言ってやろう。
手を取ることを決めたのは私なのだから。
だから貴方は気にする必要などないのだと。
笑って言える自信があるから。
 
だから、私は伸ばされたその手を取り、共に歩むことを誓った。
(どこか申し訳なさそうにあの子はしていたけれど。)
 
 
(でも、この先に立ち込める暗雲に、私は薄々感付いていて。それでも――。)
 
――この大きくて幼い手を放してはならないと思った。
 
 
 
[それが戦乱のプレリュードとも知らずに]
(SIDE:A 1)
 
08.6.10

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