けちんぼジャックって知ってるかい?
 悪魔を騙した男の話さ。
 ある時彼に寿命が来てね、ある悪魔が彼の魂を狩りに来た。
 だが、ジャックは知人に酒場の飲み代を返すまでは死ねないと言って、悪魔を銀貨に変化させたのさ。
 勿論それは嘘だった。だが、見事それに騙された悪魔は、ジャックの財布に閉じ込められちまう。
 困った悪魔はジャックに出せと言う。ジャックは応と答えるが、条件を出した。
 十年先まで俺の魂を獲りに来るな、とね。
 悪魔は渋々その条件を呑み、地獄へと帰って行った。
 
 ――その十年後。
 悪魔は約束だと言って、またジャックの所へとやって来た。
 しかし、ジャックはまたしても駄々をこねた。今度は、目の前の木になっているリンゴが最期に食いたいっつってね。
 そんでまた悪魔もそれを素直に聞いてやるんだから、悪魔のクセにお人よしというかなんというか。
 悪魔は木に登ってリンゴを取ったんだがさ、その間にジャックはリンゴの木に十字架を彫りこみやがった。
 当然、悪魔は木から下りられなくなっちまってよ。ジャックにどうにかしろと言う。
 そこでジャックはまた条件を出したのさ。
 もう二度と永遠に俺の魂を獲りに来ないと約束できるか、と。
 悪魔はそれを呑むしかない。
 仕方なく悪魔は不承不承それに頷き、悔しがりながら帰って行った。
 
 ――さて、そのまた何年も後の話。
 いかに狡賢いジャックといえども、やっぱり人の子だったらしい。
 ある時ぽっくり逝っちまってね、あの世とこの世の狭間に辿り着いた。
 しかし、あんまりいい人間とはいえないヤツだからなあ、天国には入れてもらえなかった。
 だが、生前さんざん悪魔に酷い仕打ちをしたからな、地獄にも入れなかったのさ。
 それで、ランタンだけ渡されて、ジャックはあの世とこの世の狭間をさまよい歩くはめになっちまったのさ。暗い闇の中をランタン一つでね。
 
 これが、けちんぼジャック。ジャック・オ・ランタンの始まりさ。
 そうそう、今もなお暗い道なき道をさまよってるらしいぜ?
 
 
 
 
「Happy Halloween! さぁ、乾杯だ!」
 一人の吸血鬼が、鈍く金に輝く杯を掲げて声を張り上げた。
 
「――乾杯!」
 
 そうして、その宴の幕は上がる。
 
 
 揺れるランタンの明かりに照らされ、異形のものどもの姿が鮮明に映る。
 中には強面の屈強な鬼や、顔の判別も難しいゾンビなどもいたが、皆一様に楽しげな笑い顔である。――鬼の彼の顔は笑うと余計に凄味が増したが、ここにはそんなことを気にする野暮な者もいない。
 皆、思い思いに喋り、また、笑う。
 ――まるで、普通の人間のように。
 赤ら顔で酒気を帯びたゴブリンが、もう既にフラフラとした足取りで窓に歩み寄り、篭った空気を入れ替えようと窓を開けた。
 すると、街の喧騒が外れに立つこの家にも届く。耳のいい彼らには、子供達の菓子をねだる声までもがはっきりと聞こえた。
 それを微笑ましいとばかりに皆で頷き合い、そしてまた宴に戻っていく。
 
 
 そんな彼らのいる大広間の真ん中に、一際大きく立派なジャック・オ・ランタンがある。
 
 
 それを見て、黒猫――彼はやっととあることに思い当たった。
 今年はなぜこうも、例年にないほど盛り上がっているのか。
 ――今年は、ジャックの百周忌ではなかろうか?
 そうだ、それだ。彼ら異形のもの達が、ハロウィンに託けて一つ場所に集い始めてもう大分経つ。自分もとうの昔に化け猫の域に踏み込んでいるから、年月の感覚はどうも当てにはならないが、百年とは結構な時間が過ぎていたものだ。それで、記念パーティーというわけか。
 だがしかし――そのジャック本人はといえば、悪魔に心底嫌われているせいか、この宴に姿を現したことはない。
 ――来ればいいのに。皆こうやって楽しんでいるのだから。
 彼はそう思いつつ、宴の喧騒の中へとその身を躍らせた。
 
 
 ――その、直後。
 玄関の重厚な観音開きの扉が、音を立てて突然開かれた。
 皆、咄嗟に話を止め、振り返る。
 
「Trick or Treat!! 今日はまた盛大にパーティーを開いているな?」
 
 手には古式ゆかしく、カボチャではなくカブのランタン。
 その顔は白髪混じりのボサボサの髪でよくは見えないが。
 
「ジャック……?」
「ジャックか!」
「おお、皆! ついに主役のお出ましだぞ!」
 
 その男はジャック。
 悪魔を騙して、狭間をさまようはめになった男。
 ――そして、今日の主役。
 
 辺りが騒然とする中、始めに乾杯の音頭をとった吸血鬼がすっと前に進み出、ジャックに菓子と酒の並々と注がれた杯を渡し、満面の笑顔でこう叫んだ。
「Happy Halloween!! さあ、飲み直しだ!」
 
 広間に歓声が広がった。
 
 
 黒猫は欠伸を噛み殺し、この宴を見やった。
 ――やっぱり、浮かれてる。
 そして無論、自分も。本当に自分はその場の空気に流され易い。
 猫の顔で器用に苦笑を浮かべてみせてから、彼は窓から外を見やった。
 ――こんな外れの方の家にも、もう子供達がやって来ている。
 これは、自分が出迎えてやらなければなるまい。他のやつらは酔ってしまって当てになりゃしない。
 彼は周りの誰もが気付かぬほど自然な動作で、後ろ足二本で立ち上がり、刹那、黒髪の青年へと姿を変えた。
 そして、菓子の詰まったバスケットを手に、玄関へ出た。
 優しい笑みをその顔に浮かべて。
 道の向こうから、子供達がやって来る。
 
 
 
「Trick or Treat!」
 


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