「おい、ウィッチ! カボチャが足りねぇぞ!」
「裏にあるから自分で取って来なさいよ!」
街外れに建つ、古ぼけた一軒家から何やら騒がしい声がする。
どうやらハロウィンの用意をしているようだが――本日は既にハロウィン前日。聊か準備を始めるには遅過ぎるような気もするが、彼らはそんなことはお構いなしに忙しなく働き続ける。
大きく、オレンジ色も鮮やかなお化けカボチャ。
黒とオレンジに飾り付けられる部屋。
用意されたお菓子の甘い香り。
だが、一見、ごく普通なハロウィンの準備風景のように見えるこの様子、よくよく見てみればどこかおかしい。
せっせとカボチャを繰り抜きランタンを作る男の頭には獣の耳が覗き、更にはゆらゆらと気分で揺れる犬のような尾までついている。
――ライカンスロープ。獣人、それも狼男だ。
また、その隣で部屋を飾り付けている女、彼女は一見普通だが、彼女の仕事を手伝うかのように回りの物がふわふわと宙を浮いて移動している。
――こちらは魔女。
他にもよく家中を観察してみれば、見たこともない不思議なもので溢れていた。
何に使うのかよくわからない大鍋だとか、蜥蜴の干物、果ては声を上げて笑う絵画まであった。
どうやらここは、飾り付けをしている魔女の家らしい。狼男は手伝いをさせられているようである。
「――ったく、ヒト使いが荒ェんだからよ、ウィッチは」
そう、ぶつぶつと文句を言いつつも彼は着実にカボチャを繰り抜き、ジャック・オ・ランタンを作り上げていく。その顔にはどこか楽しげな笑みさえ浮かべて。
「あら? じゃあウルフがお菓子を作ったり、部屋の飾り付けをしたり、客人のお出迎えをしてくれたりするのかしら?」
独り言にも近いウルフの呟きをわざわざ拾い上げ、嫌味を言い返すウィッチも、どこか浮かれたような雰囲気を漂わせている。顔も明るい。
「ちっ、悪ぅござんしたねぇ! 俺はどうせ料理センスもなければ美的センスもないし、愛想なんてこれっぽっちもないっての」
形だけ拗ねてみせるウルフだが、もう長い付き合いの魔女にはそれも通じない。
ふふふ、とウィッチに笑われてそれでおしまい。
それを聞いたウルフは、ちぇっ、と呟いてウィッチに背を向け黙々と作業をし始めた。
――けれど、ウィッチの微笑は止まない。
(――本当、犬ってわかり易いんだから)
なぜなら、ウルフご自慢の立派な尻尾が、楽しそうに左右に揺れていたからだ。
しかし、彼女の横に浮かべたままだったオレンジ色の飾りが、ひとりでに空中でダンスを踊り始めたことに彼女は気付いていない。
二人とも相当浮かれている。
その部屋の隅で一匹の黒猫が、溜息を吐くような仕草をした。
――見てらんない。
そう言っているようだ。
――全く、去年まではこれほどまでに浮かれていただろうか?
答えは、否。
もう少し落ち着いていた――いや、いつもは当日になってから準備を始めていたから、もっと慌しくバタバタとしていた。そうだ、口を動かすくらいなら、手を動かせといわんばかりの雰囲気だったはず。確か一昨年なんぞは、猫の手も借りたいと自分まで準備に借り出されたではないか。
――それが、どうしたことか。今年は前日からハロウィンの用意を始め、尚且つこんなにも浮かれきっている。
はて、今年は何かあっただろうか?
黒猫――彼は、今度は首を傾げる。それでも思い出せず、また逆方向に傾ける。
しかし、物臭な彼の脳には、その理由は記憶されていなかったようだ。
記憶を引っ張り出すことを早々にあきらめた彼は、お気に入りのクッションの上で丸くなってしまった。どうやら手伝う気はゼロらしい。
やがて、静かな寝息が聞こえ始める。
そうして10月30日の夜は更けていった。