隠された翅
それは夏の日差しが照りつける中、大きな布を頭からつま先まで引っ被り、そして巻きつけて立っている。
鬱蒼と茂る木々、毒々しいと言っても構わないだろう容姿の植物達、それらに囲まれてそれは何をするでもなく立っている。
木陰を選びつつ近づいて来た白兎は、呆れたように話しかけた。
「暑くないのか?」
「慣れればそうでもないよ」
顔すら見えない。性別もよくわからない。ただ、声を聞けばどうも男のようであった。
周りの気温に反してどうにも涼しげな調子で応える声に、白兎は大げさに溜息を吐いて見せた。
そして、ふと思い出したかのように、白兎は男に問いを投げかけた。
「なあイモムシ、君はいつまで『イモムシ』でいるつもりだ?」
「決まっているさ、白兎。『アリス』がここに来るまでだろうな」
「そうじゃない」
「……本の主が表紙を閉じてくれる日が来たら、かな」
「本当に来るんだろうか」
「待つことに疲れたのかね? でも来るよ、もう少し信じていてはどうだい?」
「……強いな、君は」
――それが無益な問いだということは、白兎にもわかっていた。
それでも問わずにはいられなかったのは、閉幕を待つのに疲れた自身のためだ。
彼が蝶になれる時、それこそが誰もが待ち焦がれた終わりなのだから。
そう、わかりきっている。
この物語が陥った、無限ループから出ない限り――彼は『イモムシ』であり続けるしかないのだ。
その身がもう既に美しい翅を得ていたとしても。